【人タビュー】 「韓国発、世界へ!」 横河電機 齋藤洋二さん

 桜が満開の3月末の仙遊島駅近く、春の花のような笑顔で迎えてくれた齋藤さん。テラスやカフェ等、多様なコンセプトの空間があるオフィスで行ったインタビュー。韓国人社員の方々との自然な対話姿から会社の明るい雰囲気だけでなく、彼への信頼が伝わった。横河電機、齋藤洋二さんの韓国経験談を紹介する。


【写真】 会社の入り口でポーズを取っている齋藤さん (写真提供:JK-Daily)

自己紹介と御社や製品(サービス)についてのご紹介をお願いします。


 アンニョンハセヨ(こんにちは)、齋藤洋二です。 韓国に2018年4月に赴任し、韓国横河電機の社長としてまる5年韓国で仕事しました。


 私は東京都立川市で育ち、近くの武蔵野市に所在する横河電機は、学生の頃から親の世代には「良い会社」と言われておりました。「社会に貢献すること」を企業の創業精神の一つとしており、2021年には「測る力とつなぐ力で地球の未来に責任を果たす」というパーパスを設定しました。1986年に入社してから30年以上たっておりますが、今でも社会に貢献する良い会社で仕事をすることを誇りに思っています。


【写真】 オフィスでの取材でポーズを取っている齋藤さん (写真提供:JK-Daily)


 少し会社の紹介をしますと、韓国横河電機は1978年にWoojin Yokogawa Engineeringという合弁会社でスタートし、1998年に100%独資となり現在の社名になりました。従業員は営業、エンジニアリング、サービスなど300人程度いますが、よく驚かれるのですが日本人は私一人だけでした。かつては日本人駐在員が10名余りいた時代もありましたが、数年前から1名になりました。日常のオペレーションは韓国人メンバーだけでも問題なく出来ており、「ローカル化」が良く出来ていると思います。社長としては会社の行くべき方向を提示することがもっとも重要な責務と思っています。


 日本人が一人だけで多少寂しい時もありますが、私の場合、むしろ一人だったから韓国人社員たちや他の日本人駐在員と積極的に相通しながら仲間になれたと思います。おかげでゴルフ友達なども多くできましたし、そういう面で今振り返れば、一人で良いこともあったなとも思います。


【写真】 オフィスでの取材でポーズを取っている齋藤さん (写真提供:JK-Daily)


 中東や東南アジアなど海外向けのビジネスも多くあるため、社内共通語は英語です。最初韓国に来た時には役員のほとんどが日本語を良く出来ましたが、今は役員会議も英語で行っています。とはいえ、当然韓国語が出来たほうが良いですので、仕事では使えるレベルになりませんでしたが、一生懸命勉強して韓国語能力試験(TOPIK II)で3級まで取りました。あと少しなので日本に戻っても韓国語勉強を続けて、必ず「4級」取ります!(笑)


 会社は永登浦区の仙遊島駅の近くにありますが、近くにはロッテ製菓などロッテの関連の会社が多く、若い人もたくさんいます。割とおしゃれなカフェなどもあるし、空港も近いですので、仕事はしやすいかと思います。韓国横河電機のお客様は、精油所、石油化学、化学、鉄鋼、ガスなどで、多くの方が名前を良くご存知の大企業も多く、これらの韓国のお客様での制御システムの納入実績ではトップシェアを誇っています。


【写真】 会社の製品を紹介している齋藤さん (写真提供:JK-Daily)


 うちの従業員はだいたい皆そうだと思うのですが、横河電機は一体何をやっている会社だろうか? というのを家族や友達に説明するのは結構難しいです(笑)。 簡単に言えばオートメーションの会社です。オートメーションとは自働化ということですが、例えば原油からプラスチック製品を作る場合、鉄鉱石から鉄を作る場合、パルプから紙を作る場合など、様々な複雑なプロセスを経る必要があります。その際に温度、圧力、流量などを目的に合わせて制御する必要があり、そのための制御システム、センサ、各種ソフトウェアなどを提供しています。そして、最近ではオートメーションをデジタル技術により進化させてお客様の工場でのオートノミー(究極的には無人を目指す自律運転)を目指してビジネスをしております。


 会社紹介が長くなりましたが、それほど自負できる良い会社ですので、韓国の皆さん、横河電機に「オセヨ~(来てください)」(笑)



韓国で生活しながら初めて一番驚いた日本との違いがありましたら、教えてください。


 韓国に来て間もない頃に地下鉄1号線に一人で乗ったのですが、地下鉄の中で物を売っている人がいますよね。その時は料理ハサミと包丁を売っているおじさんだったのです。しかも、車内で料理ハサミを出して、カチャカチャさせながら「(言葉が分からなかったですが多分)よく切れるハサミだよ~」という風に売り歩いていました。マスコミなどでは韓国での反日感情はとても強いと言われていましたから目があったら日本人だから刺されるんじゃないかと思って(笑)、本当に怖くて怖くて身構えていました。そしたら、車内でそのハサミを買う人がいたんですよ! 雨の日に傘を買うとかならよく分かりますが、なんで地下鉄の中で料理ハサミが売れるのが不思議でした。


【写真】 社内のカフェで社員と対話中の齋藤さん (写真提供:JK-Daily)


韓国が持つ一番の魅力(メリット)は何だと思いますか?


 やはり食べ物ですかね。少し辛い料理もありますが、住んでいれば割とすぐになれますし、焼肉でも野菜も多く摂るので結構ヘルシーなものも多いですよね。最近では広蔵市場の中にある行列の出来る店で食べた녹두전(緑豆のチヂミ)がとても美味しくて感動しました。マッコリと合って最高でした。それから麻浦ナルというお店で食べた닭찜(鶏肉辛煮込み)も本当に素晴らしかった! こういうB級グルメや家庭的な料理にも美味しいものがたくさんありますね。


【写真】 広蔵市場で食べたチヂミ(左) / 麻浦ナルの鶏肉辛煮込み(右) (写真提供:齋藤さん)


 もう一つはスピード感ですね。法律が国会で決議されたらすぐに休日が増えたり、労働時間や安全に関する規制もすぐに施行されたり、年齢の数え方が急に変わるとか、これらは政治や法律の話ですが、後でも述べますが、スピードが要求される現代のビジネス上では大きなメリットであると思います。



働き方においても日本と韓国はかなり違うと思います。働き方の日韓の違いという観点から、驚いた点、又は参考になった点などはありましたか? 


 韓国に来たばかりの頃はスピード感に驚かされました。部下から承認を取るためのメールが来て、ちょっと複雑だからじっくり考えて後でゆっくり返事しようと思ったら、すぐにその人が社長室に入ってきて、かくかくしかじかだから承認お願いしますと急かされました。これは一例ですが、自分もだんだんこのスピード感に慣れてやや不確かなことあったとしても自分の感覚を信じてデシジョン出来るようになりました。これから日本に戻ったら逆に遅く感じられて不便かもしれませんね(笑)。


【写真】 賑やかな雰囲気で社員と会議中の齋藤さん (写真提供:JK-Daily)


 韓国でビジネスをする場合、このスピード感を利用しない手はないと思います。韓国人のメンタリティとしてまずスピード感がある。お客様の投資決断も大変速く、大きな決断をされる場合が多い。そして、韓国という国が日本より小さいこともあり、BTSのようにビジネスを世界で成功させようというグローバルマインドがある。更に、ITのスタートアップなど、デジタル技術に関する企業も多くあるので、自社で出来なくてもパートナーを見つけることも難しくありません。


 昔ながらの日本企業は日本で設計した品質の良い製品をまずまず良い値段で海外で売るという一方通行のモデルでしたが、韓国のスピード感とITのインフラなどを利用して新しいビジネス創出が出来るのではと思っています。韓国横河電機は日本の企業ではありますが「韓国発で世界に!」ということを目指しております。



日本にお戻りになりますが、駐在期間中一番の思い出としたら?


 韓国に来て始めた趣味としては、ゴルフと登山があります。ゴルフは全く初めてで最初は少々不安でしたが、韓国で始めて本当に良かったです。ゴルフ後のお酒含めて、仕事上の付き合いで韓国のお客様やビジネスパートナーと大変良い関係を構築出来ました。そしてもちろんプライベートにも日本人駐在員ともたくさんゴルフしたお陰で良い関係、ネットワークが出来ました。これは大きな財産と思っています。


【写真】 韓国横河電機メンバーとの懇親ゴルフ(左) / キム・ジヨン(김지연)プロと済州島でのプロアマ大会で(右) (写真提供:齋藤さん)

【写真】 代理店社長とのゴルフコンペ後の懇親会 (写真提供:齋藤さん)

 登山は若いころにはしたことはありましたが、ソウルから北漢山の荒々しい岩肌を見るとやはり登ってみたい気分が沸いてきました。ソウル周辺の山は冬場も含めてだいたい登り、済州島の漢拏山にも登りました。登山の時に知り合ったのがきっかけで韓国人の友達も何人か出来ました。最初は言葉が通じなくて、お互いにスマホ片手にPapagoで音声通訳して、意思疎通していました。駐在員生活の後半からはだいぶ言葉が通じるようになってきて、韓国語を勉強していて本当に良かったと思いました!ところで、韓国では若い女性も多く登山しておりますが、登山中にもヘアカーラーを前髪に固定して歩いている人をたまに見かけました。あれはどういう意味なのでしょうか?(笑)


【写真】 ソウル北漢山頂上(左) / 済州島の漢拏山頂上(右) (写真提供:齋藤さん)


 そして、2020年に受講した延世大学の日本人向け講座であるGateway to Korea(以下「GTK」)は大変素晴らしいものでした。韓国の文化、歴史、政治、経済、北朝鮮、日韓関係まで、多くの事がカバーされていました。最近のカリキュラムではK-POPや食文化などもカバーされ、本当に素晴らしい講座に進化していると思います。


 延世のGTK修了後にGTKフォーラムにも参加しました。これは毎月テーマを決めてプレゼンを行い韓日の参加者が小グループでお互いに考え方をぶつけながらディスカッションするものです。自分自身は「戦争について」というタイトルでエネルギーを含む安全保障に関するテーマで発表したことがあります。このような機会は得難い機会であり、韓国のことだけでなく日本のことを肌で感じてよく理解する機会にもなりました。これも自分の大きな財産になっております。


【写真】 GTKフォーラムで発表している齋藤さん(左) / フォーラム会員たちとセミナー後の懇親会(右) (写真提供:齋藤さん)


 GTKの最初の講義で延世大学の権教授がおっしゃっていたことに「一回の講義では20人くらいしか出来ない。10年やっても200人。でも、ここに参加したメンバーが韓国で仕事をし、その後日本に帰り、周りの人に影響を与えれば、ぎくしゃくしている日韓関係もいつかもっと良くなってくる」というようなことをおっしゃっていました。


 今思えばGateway to Koreaの講義を受ける前の2019年には「反日不買運動」いわゆるNo Japanが始まりましたが、韓国と日本はスラムダンクやドラマのように文化的には常に影響しあっており、経済的にもサプライチェーンで密接に繋がっております。過去の歴史を変えることはできませんが、お互いのことをよく知ることが出来れば自然と関係も良くなってくると信じています。


 Gateway to Koreaは自分の人生に大きな影響を与えました。自分としてもこれから何らかの影響を周りの人に及ぼして行きたいと思っています。


【写真】 延世GTK(AEP)第5期(2020年)修了式 (写真提供:齋藤さん)


これから韓国で駐在する日本の経営者、またJK-Daily購読者の方々に残したい言葉があるとしたら


 2つあります。一つは、先ほど書いたGateway to Koreaもそうですが、出来るだけ韓国のことを知る努力をすべきだと思います。日本のネットでの記事や書籍にはかなり偏ったものがあります。そして同様に韓国のメディアによる日本のことに関する記事にもかなり偏ったものもあります。自分の目で見て、耳で聞いて自分なりの考えを持つというのが大事かと思います。


 もう一つは、自分の経験ですが、もし会社の中で「これは韓国の文化でこうなっています」というようなことを言われた場合、その背景をよく確かめた方が良いですね。私が韓国に来たときは年功序列色の強い会社でした。しかしながら、年長を敬う韓国の儒教由来の文化と、年長者がいつも上にいる企業の話は別であると考えるべきで、目まぐるしく変わるビジネス環境の中では、積極的に変化を起こすことが大事です。駐在員の赴任期間は多くの場合それほど長くないですので、思ったことは韓国流スピードで変えてゆくべきですね。


 謙虚な気持ちでありのままの韓国を学び理解し、韓国が持つメリットを充分活かしていけば必ず良い結果につながると信じております。


【写真】 カトリック大学での講演後の懇親会(左) / ソウルで触れ合った日本人駐在員仲間たち(右) (写真提供:齋藤さん)

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